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仏様と弘法大師様と私 

私の父親は 私が生まれたころに 原因不明の足が動きにくい病気になり、うまく歩けなくて 足が前に出せなく 普通に歩くことができなくなり 大きな病院で いろいろな検査をしたり 入退院を繰り返していました。医療機関で検査治療をしても 改善はなく治る見込みもなく 今年の6月に亡くなった祖母が信仰していた 同じ町の中にある ご神託の先生を頼るようになっていきました。

祖母は真言宗だったことが 亡くなったから判明したのですが… 熱心に高野山などにもお参りに行っていたそうで、住んでいたところは 宮島ですので 弘法大師様とご縁が深かった方なのだなって 亡くなったときに知りました。余談ですが 棺の中に入れることができるのは 数点 と決められていて 祖母は 大切にしていた弘法大師様のお札と共に 旅立ちました。

父親の足の病気を治すための 家族の修業が始まります。ご神託の先生と 一緒に神社仏閣に 巡礼をしていました。願い 祈りは 一つ 父親の足が治りますように…

自分の事ではなく 他人のために祈ることを 幼少期より無意識にしていたのですね。

毎朝 毎晩の 般若心経と各 仏様のご真言を唱える毎日 不動明王様の梵字が書き入れてある 紙を ご真言を唱えた後に飲むのが私の日課。

弘法大師様の 印判を 押しながら 南無大師遍照金剛 と 一つの印判を押すたびに唱えることも していました。子供のころは 意味が全く分かりませんでしたが 家族の日課。嫌とか しんどい とか 言えない状況。巡礼の日々も 当たり前の生活。

父親の病気が 仏様とのご縁 弘法大師様とのご縁を深めてくれたのだなと 振り返って 思います。

滝行もしていました。般若心経を唱えながら 滝にうたれる… 一心に 父親の足が治りますようにと 祈りながら ただただ 滝に打たれる… よくよく考えたら すごい子供時代ですね… 精神修行の日々でした まるで 修行僧のような子供時代。 有難いことです。本当に感謝しかないのですが 普通の子供の生活が送ってみたかった気持ちは 少しあります

仏様とのご縁は 子供のころから いただいていた 有難いご縁

私は 常に 弘法大師様と 仏様と生きてきました。

特に 不動明王様とのご縁 観音さまとのご縁が深く 今でも 深いご縁で守られています。

仏の道をいきなさい そう メッセージを受け取った 今年の11月 宮島弥山山頂

梵字は私の外にあるのではなく 内側にあります。

入我我入 常に仏様と私は一つ

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